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小野 晴香 ono haruka

  • 2025.12.11

 

陶器の滑らかな手触りと程よい厚み。乳白色の柔らかな色合いと雲のように自由で心地よさそうな形。昼下がりのやさしいひとときに似合う、ひとつのうつわ。

それは、東京で生まれ育った小野晴香ちゃんが、北欧での日々をモチーフに手がけたもの。

古い道具や現代作家さんのうつわなどものを長く大切に使うお店や人が多い地元の西荻窪で暮らしてきた晴香ちゃん。一緒に暮らしていた祖父母はヨーロッパの陶器が大好きで家のあちこちにコレクションを飾っており、幼い頃からうつわに慣れ親しんでいたという。まさか作り手としてうつわに関わることになるとは、社会人になり6年間ウエディングプランナーとして働いていた時には夢にも思わなかった。

転機となったのは、デンマークのボーンホルム島にある成人教育機関・ホイスコーレでの時間。

「デンマークに行ったきっかけは二つありました。ひとつは、ウエディングのお仕事を通して、日常のささやかで小さな幸せに携わりたい、そして自分が今後の人生の中で続けられること、生きる軸となるようなことを見つけたいと思った時に、知人からホイスコーレの話を聞いて興味が湧いたこと。もうひとつは、日本から距離的にも時差的にも遠く離れた国だからこそ、これまでの環境から離れて自分と深く向き合うことで、大きな変化や気づきを得たいと思ったこと。デンマークは国民の幸福度が高く“幸せな国”と呼ばれていて、その理由に出合えるかもしれないとわくわくしました」。

半年間のホイスコーレでは陶芸を学ぶことに。日頃から食べることが大好きで、東京や各地のレストランに足を運んでは、おいしい料理と共に食事の場を彩るうつわに心をときめかせていた。うつわや手仕事の展示へ足を運んだり、お気に入りのものを日常で使うことに喜びを感じたりする中で、いつしか自分の手でうつわを作ってみたいと思っていたことも理由のひとつ。テクノロジーや人工知能がすごいスピードで発達していくこの時代に、手間ひまをかけて、生身の人間の手だからこそ生み出せるものの存在にも尊さを感じていた。

土の粘り気、品種によって異なる質感や重みなど、初めて出合う土の世界。ろくろを回しながら、手のひら全体で包み込むように土の表情を作っていく。弱すぎず、強すぎず、土と仲良くなるように、丁寧に成形していくひとときを過ごした。

「土を触っているとまるで夢や宇宙のどこかにいるような、現実から離れていく感覚に。自分の外側にある余分なものがなくなって、内側に意識が向いて何かを願うようにずっと土に触れていました」。

 

 

 

ホイスコーレの特色として、授業の雰囲気も制作もとにかく自由。例えば、土堀りをやってみたいと伝えれば、課外授業としてボーンホルム島の大きな湖の近くで土堀りツアーがカリキュラムに追加されるなど、ひとりひとりの意思ややりたいことが尊重される環境だった。自由にうつわ作りができるからこそ、授業の枠を越えてボーンホルムでの日々からもインスピレーションを受けるように。生活圏は海が近く、流木を見つけては作品の一部に施したり、テラス席での食事風景が文化として根付く中で、和やかな食卓から温かみのある形を意識したり。セラミックやガラスといったさまざまな素材と共に、身近な自然物を使って作る感覚に心が躍り、資料やインターネットにはない、自身で感じた風景や時間がうつわとして生まれていった。

「ボーンホルムは東京のような便利さや気軽に行ける飲食店がなく、何をするにも一苦労だけれど、身の回りもので自分の暮らしを作る様子から暮らしの原点を感じ、そこには生きる喜びや豊かさがあるのだと気づきました」。

生きることと作ることが自身の中で重なっていき、求めている全てに出合えたような気持ちに。

デンマークの自然や人々たちの暮らしを感じながら、心は満たされていき、そこから生まれる作品は、日本語が通じない異国の地でも人々の心に届いていくようになった。

「デンマークでは日本語など“言葉”で人と関わることができず、もどかしい思いをしていました。だからこそ、初めて自分の中から生まれた作品が言葉を介さず相手に届く経験をした時はとても嬉しかったです。あまり話せていなかった生徒とも、作品を通して言葉を超えたコミュニケーションをとることができたのは私にとって大きな出来事でした」。

言葉のように明確なものだけが関係性を築く手段になったり、世界を表現したりするものではない。

自身から生まれたものも言葉を超えて誰かのもとに届くかもしれない。

嬉しい体験や人との繋がりを大切な源として、デンマークから帰国。日本でも陶芸の知識を深めたいと、兵庫・丹波篠山の工房で修業をしながら自身の作陶を続けた。その中で、日本とデンマークにおける土の種類、作り方や考え方の違いを通して、日本らしい器とデンマークらしい器、それぞれに歴史や文化があり、人々の暮らしに根付いていることに触れたのだった。

「自分の気質はヨーロッパにある気がするけれど、日本を離れたことで改めて母国の文化の美しさと尊さを思い知りました。目に見えない気配をみる目や、足るを知る本質的な暮らし、繊細な感性など日本人特有の気質と、島国だからこその文化や四季の移ろい、色とりどりの地域性といった日本らしさも誇るべき魅力だと感じます」。

だからこそ、自身の目で見た日本とヨーロッパの歴史やリアルな暮らしを理解し、そのものの間(あわい)を形にしていきたいという。

他にも、移ろう季節、夕暮れのまどろんだ空、木々が風に揺れて踊るように輝く木漏れ日、草花の刹那的な生命の形、偶発的に生まれる石の形、お味噌汁から上がる湯気など、日常には境目のない曖昧で美しい間がある。そのひとときにも心を添えていくことが、今後のうつわ作りに欠かせない。

 

 

作り手としてまだ始まったばかりの日々だが、2025年7月には富山県の生花店[Atelier ANORM]で初の個展を開催。店主の吏英さんとコペンハーゲンで偶然出会ったご縁がきっかけだった。北欧の日常をテーマにうつわを展示し、吏英さんと繋がりのあるカフェ[Tea Room Alpes]ではコペンハーゲンにまつわるメニューを作陶したうつわで提供するなど、充実したひとときに。

作品はコップやお皿、ポットなど、そのどれもが単なる“デンマークらしいうつわ”としてあるのではなく、自身が体験した北欧での愛しい時間が形になっていた。

デンマークでの透き通るような日差し、サウナの後に海に飛び込む愉快な時間、中庭のテラスでランチを楽しむ人たち、霧がかった冬の永遠のような静寂、毎日が土曜日のような時間がゆっくりと流れる人々の暮らし。ひとつひとつの時間をうつわが物語っているような空間だった。

「私がデンマークで感じたことは、みんな自分を豊かにする術を知っているということ。それは何かを所有するとか、地位に恵まれているということではなく、自分にとっての不要なものを理解していたり、自然と一緒に暮らしていくことの幸せを知っていたり、家族や友人との時間に向き合っていたり。知らない人にも親切にするし、相手の意見はしっかり尊重するし、何者でなくてもいいし、自分の心と体を大切に生きている。その感覚や喜びを展示でお客さんに伝えられたことが嬉しかったです」。

毎日、土や水、火、木の自然のエネルギーに触れながら、自身の中にあるものを形にしていく。作っている最中は自然と自分が溶け合って、そこに映る自分自身と向き合うような感覚が広がる。仕上げは人の手が入らない窯の中で自然の力に委ね、人の手の跡と自然の呼吸の跡がうつわに残る。出来上がった作品は誰かのもとへ届いて、ごはんが嬉しくなったり、料理が楽しくなったり、暮らしに馴染んでいく。そのように、うつわが長く使われてその家庭の中で育っていくことが晴香ちゃんの願いであり、自身はその景色の一部を作っているような感覚だという。幸せのかけらを手がけたいという気持ちは、ウエディングの仕事の時も、陶芸をしている今もずっと変わらない。

「作り手の跡、自然の跡、使い手の暮らしの跡。それらが時を重ねていく中で遠い記憶としてひとつのうつわに残っていくことにも、じんわりと心を寄せたくなります」。

 

 

小野晴香。笑顔がキラキラと光っていて、目の前の出来事や美しい風景、人との関係性を嬉しそうに生きている。そして、おいしいものを食べている時はさらに100倍くらい笑顔が眩しい!陶芸家だからうつわを作るのではなく、ぬくもりある日々に眼差しを向けているから彼女らしいうつわが生まれてくるのかも。個人的にブライダル業界の経験があるからこそ、同じように転機を迎えて自分自身の道を歩む晴香ちゃんに惹かれて、彼女のことを伝えたいと思った。

取材時は東京の自宅近くにあるシェアアトリエで製作していたが、今後は拠点を岐阜・多治見へ。いつか自身で薪窯を作り、日本とヨーロッパどちらもの土を使って作陶することも目標にしている。

「作ることも生きることも同じ感覚の中で、自然の一部であるような、生きているようなうつわを作りたいです。家の庭の小さな畑で育てたお野菜、ハーブ、滋味深い家庭料理、使い古した調理道具とうつわ、それらに囲まれて愛する人たちと自然と共に暮らしていく。そのような営みのために、やきものに関わらず織物をすることもあるかもしれませんね」。

丁寧に土に触れて、楽しそうに作陶する晴香ちゃんのうつわは、触れれば穏やかな輪郭が人懐っこく手に馴染むようだ。乳白色のろんとした色合いは、そのお皿に盛り付けられるお料理と仲良くなって、食卓の時間をきっと楽しさで満たしてくれる。

これからも型にはまることのないチャーミングな心は、彼女自身の作ることと生きることを豊かに結んでいくのだろう。

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Ayaka Onishi

大西文香 1994年兵庫県生まれ。写真家。



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