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小林 千晴 kobayashi chiharu

  • 2023.01.20

和歌山に引っ越して間もない頃、ひどく京都の土地が恋しい時期があった。京都の気品さや古風さ、そしてアンダーグラウンドなカオスな感覚はやはり京都にしかなく、私はずっとそこに恋しさを募らせていた。

そんな時、ゴールデンウィークに和歌山の〈ens〉で開催された〈山の植物屋〉がきっかけで出会った〈白燕石〉というお店。古物と芳香を取り扱っており、店主の小林千晴(以降ちーちゃんと呼びます)は数年前まで京都で暮らしていたという。私は〈京都〉というキーワードだけで気持ちが高揚して、彼女の京都の話や古物の話に耳を傾けた。現在暮らしている場所も和歌山市内の近い場所だということで彼女に対する親近感は一気に上がった。

彼女が営むお店も気になって足を運んでみた。〈白燕石〉は和歌山市内にある築60年以上のビルの1階にある。店内には古いガラスの小瓶やインドの木工道具、日本の和紙などちーちゃんのセレクトした古物が並び、微かに自然光が差し込むその空間はまるで隠れ家のような心地よさがあった。

彼女らしい世界観が古物や空間に宿っており、個人的には京都で感じた懐かしいサブカルチャー的な要素も兼ね備えているように思えた。

「今のお店を始める前は京都で西洋民芸を主に取り扱っている某店舗で仕入れられた品物の手入れや店頭での接客をして働いていました。インドやトルコ、ルーマニアなどそれぞれの国の生活用品として使われているものや職人さんが手掛けたものなど数々の品物が仕入れられていました。最初は用途が分からないものもあったけど、皆さんに教えてもらいながら知識を深めていく日々でした」。

それでも彼女にとっては全てを学びきれないほど多くの知識や経験がある場所だったという。

ちーちゃんのアンテーク品や古いモノへの関心は10代の頃から気づいたら好きになっており、和歌山市内で出会ったお店では店内にある古い椅子やテーブルなどレトロなものの雰囲気に惹かれて、その空間で過ごすことに落ち着きと喜びを感じていた。いつしか好きなものに囲まれて過ごしたいと思うようになり、その気持ちと縁があったように京都の店舗で働くことができたという。

そうして好きなものに囲まれて過ごしていた日々だったが、コロナをきっかけに地元の和歌山に戻ることに。今後の生活について考えていたところ、お店を営んでいた友人から同じビルの空いているテナントを紹介してもらったことを機会に、ここでなら好きなモノに囲まれた空間を作ることができるかもしれない、そう思ってお店づくりをはじめた。

モルタルと砂を練って作ったセメントを床に塗ったり、グレーだった壁を白く塗り直したり、壁に木を貼って漆喰を塗ることで壁に額ものが飾れるように工夫したり、細かい作業を何日もかけて行った。

「作りながら目につくところや気になったところに手を加えていくといった感じだったから、最初から空間のイメージが決まっていたわけではありませんでした。その時期はほとんどホームセンターとお店を行き来する毎日だったけど、自分の手で作れることに楽しさや充実感があって、焦ることなく自分のペースで作業を進めることができました」。

お店が完成したのは2021年3月。店名である〈白燕石〉は博物学で有名な南方熊楠の論文「燕石考」が由来となっている。言葉の響きが気に入ったことと、様々な観点からモノを選びお店に置くことができればという想いから名付けた。

店内に置く古物はがらくた市や骨董市などで仕入れることもあれば、解体した建物から出てきたモノを選ぶこともある。京都で勤めていた時と違って自分で仕入れも行うため、自分の目で直接見て、触って、時には店主に話を聞きながら〈白燕石〉で扱う品物を定めていく。

「品物を選ぶ時は、見た目のザラつきや実際に手にした時の感触などモノ自体の質感を大切にしています。また、石や木といった自然の素材に人の手が加わりモノが生まれる背景や、さらに経年変化で傷ついたり擦れたりしていく姿にも惹かれます。作った人の顔は見えないけれど、時を経ても作られたモノとして確かに今に存在している。そんな風にどんなモノも一期一会だと思うと縁を感じますね」。

ちーちゃんにとって大切なものばかりが並ぶ店内。中でもティカボックスと呼ばれるインドの紅入れはひとつひとつが職人によって作られており、そこに機械では生み出すことのできないあたたかみを感じているという。現代の日本において紅入れという用途がなくても小物入れとして自由に使用することができるお気に入りの一品だ。

お店では古物の他にも樹脂香と呼ばれるお香も取り扱っている。樹脂の液体が固まり石のような見た目をしているが、炭の上で焚くと固形の樹脂が溶けていく仕組みとなっている。煙と共に香りを楽しむことができ、古代より儀式的に使用されてきたものでもある。

「樹脂そのものに香りがあることや、樹脂香という原始的なものが今でも存在しているということに惹かれたし、フランキンセンスやホワイトコーパルなど自然物の単体の香りが直接伝わってくるのも魅力的だと思いました。普段、お店で焚いているとお客さんに興味を持ってもらえることもあって、線香やアロマオイルとは違った香りの楽しみ方に出会ってもらえることも嬉しいです」。

樹脂香はその香りだけではなく、ゆらゆらと揺れる煙を眺めているだけでもリラックス効果につながりそうである。最近はそれぞれの種類の樹脂香をミックスしてみたり、樹脂香を入れて持ち歩くための布袋を作ってみたり、お客さんに樹脂香を楽しんでもらえるように工夫しているという。

「今後は海外にも行って、海外で作られた古物の歴史や生活の中での用途などを自分の目で見てみたいです。樹脂香が作られていく過程も実際に学んでいくことで、お店で扱っている品物の知識を更に深めていきたいと考えています」。

国が違えば文化や生活も違う。だからこそ現地に赴き、直接そこの文化に触れることが道具の特徴や歴史的背景を知ることにつながる。そしてその経験はお客さんにモノを届ける時にもきっと役立つ。

お店に足を運ぶお客さんはじっくりモノを見て、触って、楽しんでくれる方が多い。その様子はちーちゃんがお店を営むなかで好きな光景だという。オンラインでの売買も便利だが、実際にお店という空間ありきでモノに触れてみてほしいというのが彼女の考え。モノとの対話やその関係性は空間があることでしか成り立たないからだ。モノがひとつひとつ違うように人もひとりひとり違うからこそ、モノと人との出会いにはそれぞれ物語があり、その役割を担うのがお店という箱であるのではと感じている。

「じっくり選んで決めてもらったモノがお客さんの生活の中でどのように馴染んでいくのか想像するのも楽しいです」。

数年前には大阪でチャイやスパイスカレーを作っていたちーちゃん。自身のことを器用貧乏だと思いながらもそれぞれの経験を活かしてお客さんに喜んでもらえるお店づくりがしたいと日々工夫を凝らしている。例えば、お茶を提供しながらゆっくり古物を見てもらえたらなど、彼女の想像は広がっていく。

私は〈白燕石〉はモノと人が互いにその存在を許容しているような場所に感じる。お店もモノもお客さんも全て同等の立場にある。何かを誇示するわけでもなく、ただ、ちーちゃんの好きなものたちが素朴に並んでいる。それはまるでランプの明かりが優しく灯った時のような日常的安心感がある。宝物を探すようなわくわくした感覚で、あるいは道端の花を眺めるような飾り気のない視点で、自分の気持ちに素直になりながらモノに出会うことができる。

「代々使い込まれたものには新しいものにはない味わいがあって、それが自分の生活に無理なく馴染んでいる様子が一番心地よいです。また、お店を営むこと自体が自分にとっての表現にもなり得るなとも感じています」。

小林千晴。一見クールに見えるが、その心はとても乙女で身の丈以上の可愛らしさで溢れている。京都で勤める前は音楽関係の仕事やカメラマンのアシスタント、ランプ作りなど様々な経験をしており、舞台や芸術に対しても好奇心に導かれるままに生きている。幅広い関心の中でも自分の好きなものを置いてきぼりにしない。私はそんな彼女なりのお店を営む歩幅が好きだ。

古いモノに終わりはない。あるのは、そのモノにしかない物語と無限の用途。そこに気づいたときモノに宿る新しい価値に出会うことができると思う。

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Ayaka Onishi

大西文香 1994年兵庫県生まれ。写真家。



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