廣瀬 翼 hirose tsubasa

日常のさりげない場面が、透き通るように光っている。生活の一部始終、お店を営む人たちの様子、海や森といった自然のありのままの風景、アーティストたちの創造のひととき。それらにカメラを向けて映像を手がける廣瀬 翼くんは生まれ育った岡山県玉野市を拠点に活動をしている。
幼い頃から絵を描くことや音楽作りに興味があった。手を動かして何かを作ることに楽しさを感じて暮らしており、気付けばさまざまな人の様子をモチーフに絵を描くことが日常の一部となっていた。映像は絵を描く上で発信の一つとして使用していたこともあり、映像を撮る楽しさも身近に。そこからさらに撮ることに熱中するようになったきっかけはカフェ〈belk〉を通したひとときにある。belkが地元にあったこともあり、スタッフとして関わり接客だけではなく演奏会などのイベントにも携わる中で、ある時、映像を撮ってみようと思ったのだ。
「ミュージシャンのSHUGO TOKUMARUさんのライブを撮影したことで、映像を撮る楽しさと自分で形にできるという手応えを感じました。当初は写真用で使っていたカメラを映像で使用しており、他の方の映像作品も目にしておらず、上手く見せようとも思っていない頃だからこそ形にできたものがあったと思います」。
映像を撮ることは絵を描くことと違い、集中力を必要とする作業だったが、心のエネルギーを燃やすことは心地良い充実感にもつながった。その後も、belkを通して演奏会の様子やアーティストたちの対談など、あらゆる場面でカメラを構え続けた。使用する機材は納得できるものを試しながら、編集技術などは独学で学びながら映像に向き合っていく。しかし、撮影を始めて3年ほど経ち、自身の映像に悩みを抱くように。それは、完成した映像をアーティストに確認してもらう際、心から納得してもらえているという反応が少なかったことだ。映像の修正依頼を受けながら、何が問題となっているのか自分ではなかなか導き出せず、同じように撮影を生業としている知人に相談してみることに。
「その時にその方から言われたのはたった一言。デリカシーがないからじゃない?と。その言葉で自分の中に衝撃が走って、これまでの至らなさが腑に落ちました。例えば、良い構図を捉えたいと相手のことを鑑みることなく、一方的に相手のパーソナルスペースに踏み込んだりしていて。けれど、その人にカメラを向けるということは、普段、人と対面してコミュニケーションをとることと同じだと気づいたんです」。
映像を撮るということは、相手に失礼なこともしてしまうかもしれないということ。相手にしっかり向き合い、観察をすること。会話において敢えて言葉にしない大切さがあるように、映像にも相手を気遣った言動が必要だということ。その時の一言がきっかけとなり、以降は撮影時の心構えが変わり、完成した映像も相手に満足してもらえるように。今でも相手に失礼のないように撮ることと、その上でその人の良いところを逃さないことを意識している。
次第に、さまざまな人から店舗紹介やものづくりにおける制作のドキュメンタリー、音楽のMVなどの映像を制作してほしいと幅広い依頼を受けることも多くなり、制作するものもバリエーション豊かになった。映像の尺も3分ほどのものもあれば15分を超えるような長編など、依頼者の意図を汲み取りながら制作を進めていく。映像のひとコマを加えるか抜くかで完成の印象が変わってくるため、さまざまな人の意見を聞いてどのような映像に仕上げていくのか試行錯誤を重ねていく。
「できる限り見る人が混乱しないような編集や展開を心がけています。最初にちょっと目を引くシーンがあって、後半にもうひとつ山場があり、最後は余韻で終わっていくようなイメージなど、絵を描いている時に絵本を手がけていた時もあったため、物語には展開があると感じて映像も全体の流れを意識しました」。
単に映像のシーンごとを切り離して組み立てるだけでは完成しない。場面を切り替えるタイミングなどが変わることで見ている人に違和感を与えてしまうことも。どのカットも何かを物語っていて、それでいて変に目に止まってしまわないような映像を手がけるためには、撮り方だけではなく、編集の際の文字フォントや映像上での置き方など、デザインの力も必要になる。文字の置き方だけで3日間置いて寝かせてみて、これで良いかどうか確認することも。デザインが加わると映像としての魅力が広がり、より豊かな作品を作り上げることができると感じた。
「映像を手がけている上で楽しいことは2つあります。ひとつは、撮っている時。カメラを向けていると、風景と自分の間にカメラという物理的な隔たりがありますが、心に触れた風景が現れる時、カメラと自分が一体となってその光景の前にいる感覚があります。もうひとつは映像の編集をしている時。たくさんの素材を通して映像が立ち上がる瞬間、自分の掴んだ感覚を映像を通して形にできた達成感があります」。


自身の感覚に向き合うために一人で過ごすことも多く、カメラを片手に人通りの少ない道や山を見つけては、一日の大半をずっとその場所で過ごすことも。その中で探しているのは、自身が子供の頃に目にした風景と同じ心境になれるものだ。
「映像を始めたからこそ、子供の頃に見た風景を探す気持ちで日常を過ごすようになりました。すると、普段から通る道やなんとでもない場所でもその風景に出合えることがあって。目にする光景だけではなく、匂いからも感じることがあり、ふっと自分の心がその時を懐かしむ瞬間をカメラに抑えるようにしています」。
心象風景に基づいてひとつの映像作品を手がけてみるのが目標だが、完成した映像が自身にとって嬉しいことなのか、悲しいことなのか分からないため主張するテーマは設けていない。また、これまで制作したものとは異なり、個人的な作品だからこそ、それを人に発表したり見せて伝えることにも疑問があった。そんな中、長野県で〈未草〉として暮らしを活動としている小林寛樹さんの話に心が動いた。
「寛樹さんが旅したオーストラリアで出合った“暮らし”という光景。自給自足で日々に向き合う人々の生き方に豊かさを感じ、それを追い求めながら自分自身がそれを体現するように長野で暮らしを築いていたら、調和するように心豊かな人たちがその土地に集まってきたと仰っていて。もしかしたら、壮大な何かを大きく主張しすぎるのではなく、心も暮らしも自然体にして自分の目指すものを見つめながら目の前の道を一歩ずつ歩んでいるからこそ出会えるものがあるのかも、と思いました。だからこそ、自分もそのような姿勢で自身の作品に向き合いたいなと」。
大切にしていることは「作らないといけない」という義務感で手がけるより、身の回りのものに気持ちが触れた時の素直な感情で手がけていくこと。風景に限らず、友人やお世話になっている人たちとの対話、そこから生まれてきたものを映像だけではなく、そこに挿入するための音楽としても形にしている。他者に伝えるためのメッセージ性のあるものではないかもしれない。ただ、作りながら浮き上がってきたものを認識して、自分が納得できるものをコツコツと目指していく。

日常のどこで出合えるか分からない風景。それらを求めながら気づいたことも。
「子供の頃に家族で過ごしたあたたかい風景が自分の中でずっと残っていて、その記憶の手触りを映像を通して感じているのかもしれません」。
幼い頃にホームビデオを使って遊んでいたこともあり、当時の様子を通してあたたかい思い出に懐かしさを感じたという。映像は単純に記録するものだけではなく、手紙や写真のように心でなぞることができるアルバムのような存在なのかもしれない。自身の子供時代を振り返り、そこにあった風景に心を寄せることが今の映像制作にもつながっている。そして、結婚して娘が生まれ父親になった今でも、娘にも嬉しい記憶を覚えていてほしいと映像を撮り続けている。
「スマホを使って我が子の成長を動画で撮影するのが日課になりました。妻のはるちゃんは娘について日記を書いていてそんな様子も撮影しています。いつか娘が成人した時に、20年分の日記と映像がどのように映るのかとても楽しみです」。
小さな手の平が何かを掴もうとする様子、つぶらな瞳に映る世界、意思がまとまらない言葉、小さくても好奇心のまま歩もうとする足、何気ない仕草。成長と共にできなかったことができるようになっていく。そのような我が子の“今”を撮りながら、父親と娘という絆も確かに結んでいる。
「映像も暮らしもようやく自分で漕いでいる感覚です。映像は僕にとって人とコミュニケーションをとる手段であり、人と僕、社会と僕をつなげてくれるもの。映像に出会えたからこそ、心に浮かび上がってくる言葉や想いを形にすることができていると感じています」。

廣瀬 翼。まるで瀬戸内のような穏やかさがそのまま心に宿っているかのような彼と初めて出会ったのは8年近く前のこと。出会った当初はまだ映像をしておらず、絵を描いている青年というイメージがあったけれど、いつの間にか彼は日常をなぞるようにカメラを回し、さまざまな風景や現場を形に残していくように。彼の撮る映像は心に余韻が残り、無理に完結しない流れが心地よく、飾ることのないぬくもりに溢れ、暮らしや人の心の優しい手触りがワンシーンに詰まっている。何かを主張しすぎることはないのに、そっと心を満たす一言が添えられているような。さりげないシーンにも日常が愛しくなるような視点があり、どのような心持ちで、どのような視点でカメラを構えているのか以前から気になっていたことを、こうして形にすることができた。
そんな彼は今も撮影を続けながらbelkのスタッフとしてもお店に携わっている。生まれてからずっと岡山で暮らしてきたからこそ、地域の人や友人たちとのつながり、見慣れた風景にあるひとつひとつが、彼の日々を彩る大切な要素だ。
「全身で太陽の光を浴び、窓の外から季節の香りを感じること。どんよりした雨の日にしかないひとときや、近くにいる人が楽しく暮らしていること。そのようなことに丁寧に心を向けていたいです」。
森、海、空、風、光、人。少し意識するだけで、何気ない日常に溢れているかけがえのない縁に出合えることができる。世界を彩るものの豊かさに気づくことができる。これからも彼は、自分なりのものさしで目の前の“その瞬間”に心を置いてみるのだろう。
Ayaka Onishi
大西文香 1994年兵庫県生まれ。写真家。
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