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早坂 里奈 hayasaka rina

  • 2022.12.25

 

祭りの活気は心が躍る。京都三大祭のうちのひとつである祇園祭もそのような感じで街や人々が賑わっていただろう。来年こそは祇園祭に行こう。京都に向かう道中、そんなことを考えながら頭の中で道端に並ぶ屋台や鉾を想像して祭り気分を楽しんだ。本格的に夏の暑さが増していた京都だったが、日差しを浴びながらキラキラと輝いている鴨川からは以前まで京都で暮らしていた時の懐かしさと安心感を覚えた。

「遅くなってごめんねー!」

私がたそがれていると真っ青な夏の鴨川とは対照的に赤いワンピースを軽やかに着て里奈ちゃん(以降たろうちゃんと呼びます)が現れた。その姿は夏の日差しよりも眩しく、生き生きと輝いているようだった。

彼女と初めて出会ったのは3年前のこと。私が京都に引っ越して間もない頃、フィルムカメラの現像でお世話になっていた〈Photolabo hibi〉というお店で彼女がスタッフとして働いている時に出会った。フィルムを現像に出す際に彼女がいつも受付を担当してくれた。

スタッフは店主の松井惠津子さんと共に働く松井貴之さん、そしてたろうちゃんの3人。恵津子さんがフィルムの現像を行い、たろうちゃんは受付でお客さんのフィルムを預かったり、フィルムを現像機に流したりして業務を手伝っている。

フィルムカメラ専門店ではあるが、店内では貴之さんが提供するオリジナルドリンクやお菓子を楽しめるカフェスペースも併設されているため、フィルムを現像したお客さんが寛いで過ごすこともできる。

カメラ好きの常連さんにも、初めて来店するお客さんにも、いつも笑顔で接客しているたろうちゃん。

そんな彼女ももともとは〈Photolabo hibi〉のお客さんだった。

「新入社員として東京で撮影の仕事をしていて、転勤で大阪にやってきた時期に〈Photolabo hibi〉と出会ったよ。自分の撮っていたフィルムを現像に出したり、そこで出会った友人たちと一緒に写真を撮りに行ったりしているうちに気づいたら〈Photolabo hibi〉を通して楽しい時間に恵まれていたんだ」。

お店のスタッフとして働き始めたのは3年前のこと。勤めていたカメラスタジオを辞めた頃に惠津子さんと貴之さんにスタッフとして働かないかと声をかけてもらったという。〈Photolabo hibi〉の内装工事やカフェ新設を踏まえたリニューアルのタイミングもあり、ご縁があって働くことに。

 

そこでの日々にはこれまで働いてきた撮影という仕事とは違った写真との関わり方があった。

「〈Photolabo hibi〉ではフィルムの仕上がりについてお客様に指定してもらうことができるんだけど、最初はそのイメージを汲み取ることが難しかったかな。暖色寄りにすることを『あったかくする』と言葉にする方もいれば『青みを少なくする』と伝えられる方もいて、ひとつのイメージを表現するのにも様々な言葉があり、だからこそひとつひとつの言葉をしっかり理解して、お客さんと一緒にイメージを共有することの大切さを学んだよ」。

お客さんが使用しているカメラやフィルムの種類によって仕上がりが異なる他、シャッタースピードや絞りによっても光の加減で写真の見え方は変わってくる。デジタルカメラとは違うフィルムカメラだからこその難しさ。それ故、イメージ通りに写真が仕上がってお客さんが喜んでいるとそこにはやりがいも生まれる。たろうちゃんが直接フィルムを現像するわけではないが、お客さんの希望のイメージに寄り添う貴重な役割を果たしている。

そんな彼女と写真との関わりは高校生の頃がはじまりだ。周囲が就職していくなかで、やりたいことが分からなかった時に姉にデジタルカメラを買ってもらったことがきっかけで写真の楽しさに出会い、写真撮影の会社に就職する。

勤め先でフィルムカメラとも出会い、デジタルカメラでは表現できないニュアンスに惹かれた。デジタルカメラと違って撮影後にすぐに確認ができない不便さも逆に魅力的に思えたという。

以前の職場を通してカメラに触れていた時間で学んだ知識は〈Photolabo hibi〉でも活かされている。

「お店に来られる方の中にはカメラの知識がないまま撮っている方もいるから、そんな時にどんなカメラがその人に合っているかとか、こういう場面で撮るにはこういうフィルムがオススメだとか相談にも乗っていて、自分の知識がお客さんの役に立っていることも嬉しいな」。

近年はフィルムの値上がりによってフィルムカメラの使用者が減少している。そのことに対しても課題を感じているたろうちゃん。

「フィルムが値上がりしても続ける人は楽しいから続けているんだと思う。やめてしまう人の中には知識がないままメルカリなどでカメラを購入して撮り方を間違えたり失敗したりして、それが原因で続けるモチベーションにつながらないままやめてしまう人もいるんだよね」。

対面式のカメラ屋と違ってメルカリではカメラの使い方まで教えてはくれない。誤ってジャンク品を購入してしまうケースも少なくはないという。

「初心者の人にもっとフィルムカメラを楽しく続けてもらうために、いつかカメラのレンタルサービスをやってみたいと思ってるよ。実際に使ってもらった上で、撮ることの楽しさを感じたり、知識を学んでカメラを買う喜びを味わってもらえたりしたら嬉しいな」。

日々、〈Photolabo hibi〉で自分の役割以上のことを考えながら業務を行うたろうちゃん。そんな彼女の休日は家で猫と一緒に過ごしたり、地元の仙台に帰省して家族と過ごしたり。フィルムカメラはその時間に欠かせない存在だ。

「以前はカメラ好きな友達と香川で風景を撮ったり、京都で美味しい食べ物を撮ったり、写真を撮ることが目的になっていたけど、コロナをきっかけに撮る感覚や撮る対象も変わってきて。家族や一緒に暮らしている猫との時間など自分が撮らなければ誰も残さない場面で写真を撮るようになったかな」。

以前はかっこいい写真や綺麗な写真をInstagramに投稿して『いいね』がいっぱいあることに喜びを感じていたこともあったという。しかし今は心から大切な存在と共に過ごす時間を自分のために残しておきたいとシャッターを切る。

「Instagramに写真を投稿すると『いいね』の数やフォロワーの数など評価が数値化されてしまうけど、写真は本来そこを求めるものじゃないと思う」。

写真とSNSは切り離しにくい。SNSに心を持っていかれないように、本来大切にするべきものを見失わないように、そしてそれを残すための手段として写真があるのだと彼女は言う。

早坂里奈。お店では惠津子さんと貴之さんと共に三人トリオのような存在感があり、会う度に赤や青など様々な色に変化していく彼女の髪色にも可愛さを感じる。そんな彼女は彼女にしかできない接客でお客さんと写真を結んで、彼女なりの眼差しでフィルム写真と向き合い続けている。写真を仕事にしているわけではないけれど、その姿勢からはカメラマンやフォトグラファーとはまた違う写真への深い愛情が感じられた。

私もデジタルカメラよりもフィルムカメラを愛用している。それは自分の大切にしたい瞬間や出来事を自分なりのペースで撮りたいと思うからだ。デジタルカメラやスマートフォンでは撮り直しができるからこそ「綺麗でかっこよくて完璧な写真」を求め続けてしまう。対してフィルムカメラは現像するまで完成形が見えないからこそ完璧さに支配されることがない。カメラを向けながら目の前の風景の美しさと対話ができるのだ。

私にとって写真とは、風景の美しさや喜びを形にしてお守りのように心にしまっておいたり、誰かに「ありがとう」を伝えるための贈り物としたり、そのための手段であるような気がしている。

その日、たろうちゃんはプリントした写真や愛用しているカメラを持ってきてくれた。鴨川の原っぱで並んで置かれているその姿はなんだか心地よさそうで、プリントされた写真には瑞々しい宝物のような時間が写っていた。

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Ayaka Onishi

大西文香 1994年兵庫県生まれ。写真家。



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