leben.

loading...

Journal

若木 希林 wakaki kirin

  • 2023.03.09

兵庫県篠山のとあるイベントで初めて希林ちゃんに出会ったのが三年前のこと。名前に木と林が入っている自然豊かな響きだと思ったことを今でも覚えている。「樹木希林さんの希林です」と彼女が自己紹介をしていたのも印象深い。当時、希林ちゃんは岡山の瀬戸内海を臨む児島という場所で暮らしていた。

一緒に話している時間が心地よくて、その後も岡山に足を運んでは自然と彼女と会う機会が増えたのがとても嬉しかった。

会う度に明るい無邪気な笑顔を見せてくれる希林ちゃん。そんな彼女に素敵な運命の人が現れて、新しい暮らしに向けて津山に引っ越したのが昨年の夏のことである。新居の周辺には長閑な田んぼの風景が広がり、山から吹いてきた心地よい風が部屋の中にそよそよと入ってくる。まるでジブリ映画のような懐かしい風景にいるようだった。

「田んぼや星が見渡せるような自然が感じられる場所が好きです。鳥取の実家では夜に聞こえるカエルの鳴き声が心地よくて、この場所でも同じようにカエルの鳴き声が聞こえてくるからとても落ち着くよ」。

もともとは岡山市内で栄養士として学校給食の仕事をしていたという。幼い頃からお菓子作りに興味があり、お菓子作りの本などを眺めて過ごしたりしていた。実際に作ってみるとイメージしたものを形にしていく時間に楽しさや、作ったお菓子が人に喜んでもらえる嬉しさを感じて食に関わる仕事をしていた。

「けれど、実際に栄養士として働いていくなかで、お客さんの反応を見ることができるような人と直接関わる仕事がしたいと思うようになりました」。

自分の仕事の先にあるお客さんの喜ぶ顔を直接見てみたい。気持ちが赴くままに、4年間勤めていた職場を辞めてからは、喫茶店や花屋、作家の作品を扱う店舗など様々な場所で経験を積み重ねた。そこでは接客を通してお客さんにサービスを提供する楽しさや、自分が魅力に感じたものをお客さんに伝えることができる喜びを感じたという。

「日雇いのアルバイトもしていたから、世の中にはこんな仕事があるんだとか、この人たちが働いているから自分は暮らしていくことができるんだとか、社会の仕組みを知ることができて楽しかったよ」。

2019年、学び多き日々を過ごしていた彼女は玉野市の〈belk〉というカフェに出会う。〈belk〉の2号店としてプレオープンした〈belk 離れ〉(現・Heima)に足を運んだことが希林ちゃんにとって大きな転機となったという。

「初めて訪れた時に、穏やかな瀬戸内海を一望することができてとても心地よい場所だなと感じました。この場所でお客さんに喜んでもらうために接客ができたらいいなと思っていたところ、オーナーの健太郎さんとのご縁があって〈belk〉のスタッフとして働かせてもらうことになりました」。

彼女が働いていたのは〈belk 離れ〉の次にオープンした〈belk 街〉(現・belk bakes)。他の店舗と違ってカウンター席があるのが特徴的で、希林ちゃんにとってはカウンター越しにお客さんと会話をしながら珈琲を淹れる時間が喜びだった。初めて足を運ぶお客さんや近所の常連さんなど、様々な人の話に耳を傾けることで、地域で暮らす人たちのことや、お客さんにとって〈belk〉が大切な居場所であることを知ることができた。

「〈belk〉を通して岡山の作家さんや近所のお店の人たちなど、様々な人に出会わせてもらったり、色んな経験をさせてもらったりすることで、自分の価値観が磨かれていく感覚でした。また、単にスタッフとして働くだけじゃなくて、自分のやってみたいことを健太郎さんに相談したら、やってみたらいいって背中を押してくれる場所でもありました」。

そのうちのひとつに、自ら提案した〈希林のコースター〉というイベントがある。希林ちゃんが裁縫で作ったコースターに、陶芸家の石川隆児さんの器と、島根県にある〈haruame〉の菓子、〈Kibi zinabi〉の珈琲を合わせてお客さんに楽しんでもらうという企画だった。

〈haruame〉を訪れた時に出会った石川さんの器。見た目の美しさや実際の口当たりに感動して、いつか石川さんの器を使ったイベントをやってみたいと考えていたという。その気持ちを手紙にしたためて石川さんに直接伝えたことでイベントが実現することとなった。また、〈haruame〉と〈Kibi zinabi〉は彼女にとって島根の心地よさが感じられる存在でもあり、まごころの込められたお菓子や珈琲をお客さんにも感じてもらいたかったという。

「石川さんの器はフランスのアンティークの器を基調とされていて、私も〈haruame〉さんも〈Kibi zinabi〉さんもフランスのアンティークが好きで、自然とイベントの方向性や世界観が一致して嬉しかったです。初めての試みだったけれど、みなさんが優しく見守ってくれたお陰で、当日はお客さんにも楽しんでもらえて嬉しかったです」。

イベント当日は満月の日だったことから、希林ちゃんは満月をイメージしたコースターを作った。フランスのアンティークの布を使用することで珈琲がこぼれてしまってもそのシミがコースターに似合うのではと考えたという。彼女がイベントを通してやりたかったもうひとつのこと。それは裁縫だった。

「縫製工場で勤めているおばあちゃんがワンピースなどを作ってくれて、その姿が幼い頃から自分にとっては憧れでした。栄養士を辞めた後も本当は裁縫に関する仕事がしたかったけれど未経験者を雇ってくれるお店がなくて。でも、どうしてもやってみたくて自分でミシンを買って独学で作っていました」。

生地にパターンを引いたりすることに難しさも感じるが、失敗しても何度も作り直しながら自分の満足できるものへ仕上げていく。技術や知識不足なことも多いが、彼女なりにエプロンやコースターなど裁縫を通して暮らしに寄り添えるものづくりを目指している。

「万人受けするものができなくても、自分のときめいたものを形にして、誰か一人でも同じようにときめいてもらえたらとても嬉しいな」。

希林ちゃんは引っ越しを機に〈belk〉を卒業した。約1年間スタッフとして過ごした時間は人生を大きく変えるものだったという。彼女は〈belk〉への恩返しのために栄養士だった頃の経験と知恵を活かして作った和菓子をスタッフのみんなにプレゼントした。

丘の上にあることや、海が一望できること、お客さんとの距離が近いことなど、それぞれの店舗の好きなところをイメージして作った和菓子だった。

「幼い頃、おばあちゃんの家でよく和菓子を食べていたので洋菓子よりも親近感があって。和菓子作りはイメージを絵に描いたりして想像をふくらませている時が楽しいし、何より自分の気持ちを形にして人に届けることができることに喜びを感じます」。

彼女はそう言いながらも、イチゴが食べたくなってイチゴに合うデザートを考えてみたんだよね、と楽しそうにメレンゲのお菓子を作ってくれた。

若木希林。彼女の無邪気で天真爛漫な姿は私をも超えると感じている。特に彼女の好奇心と行動力はいつもキラキラと光って見える。私の好奇心や行動力が人々の暮らしやモノづくり、その背景にフォーカスしているとするならば、彼女は彼女自身の暮らし方に対して焦点を当てているのだろう。その先にあるものは、年を重ねても自身のおばあちゃんのように生活の中で和菓子を作ったり裁縫をしたりして、自分らしく表現を楽しんでいる姿なのかもしれない。

昨年、私は自身の展示に合わせて希林ちゃんに和菓子を依頼させていただいた。理由はとっても単純で、彼女が〈belk〉へのお礼として作った和菓子とその素直な想いに心惹かれたからだ。彼女は私の展示のために金木犀と洋梨、ジャスミン茶と若桃、バタフライピーとラベンダーの三種類の琥珀糖を作ってくれた。和紙で自作したという小さな箱に収められた琥珀糖たちはそれぞれ淡く優しく透きとおっていて、「文香ちゃんのうつすキラキラとした世界を表現したかった」という希林ちゃんの純粋な想いが真っ直ぐ伝わってくるようだった。

きっとこれからも彼女の心で芽生える様々な好奇心は彼女らしい表現となって、出会う人の心をあたためていくのではないかと感じている。

comment-author
Ayaka Onishi

大西文香 1994年兵庫県生まれ。写真家。



他の記事をみる

Drop us a line

Please contact us via DM on Instagram.