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萩原 睦 hagiwara mutsumi

  • 2023.05.13

「文香さんに写真を撮っていただきたくて」。

その嬉しい一言が彼女との出会いのはじまりだった。パート・ド・ヴェールという手法でガラス作品を手掛ける彼女からの依頼は、作品展のためのDM用の写真を撮影してほしいというものだった。普段は東京で暮らしている睦ちゃん(以降むっちゃんと呼びます)。以前、四国を旅行した時に瀬戸内海の穏やかさに惹かれたことと、私の淡い写真から自身のガラス作品との共鳴を感じて問い合わせてくれたのだった。

オンラインでの打ち合わせ後、1月中旬に岡山でむっちゃんと待ち合わせ。東京のお土産を携えて柔らかい笑顔で現れた彼女は、初めての岡山の土地を瞳にうつして、とても楽しそうだった。

「東京と違って、岡山はとても穏やかな時間が流れている気がします」。

25歳の彼女は現在、東京藝術大学の大学院に在籍している。学部生の頃よりガラスを通して自身の作品の表現を模索してきた。普段は東京の〈硝子企画舎〉で制作をしている。

彼女のガラスとしての表現のはじまりには、風景との出会いがあった。彼女が高校3年生の頃、フィルムカメラを趣味としている友人たちと二子玉川で写真を撮っていた時、夕方になり、その夕焼け空に釘付けになったという。

「フィルムも使い果たして、みんなも帰ろうっていう雰囲気でした。周りの道行く人たちもみんなスマホを見ていたり、下を向いて歩いていたりして。けれど私は、今こんなにも美しい景色が広がっているのに、どうしてみんな見ていないのって思いながら、高まる気持ちでその夕焼け空を眺めていました」。

幼い頃から、家族で北海道の美瑛や富良野、長野県の八ヶ岳などに行っていたこともあり、自然の景色に対していつも心がわくわくしていたこともあった。また、写真家の岩倉しおりさんの撮る景色にも惹かれて、自分の好きな風景や世界観に気づくようになったという。

この美しい風景を何か形にして残したい。その気持ちは、女子美術大学に進学後、染色や織り、陶芸などの工芸を学んでいくなかで硝子という素材に出会ったことで形へとなっていく。吹きガラスや、型にガラスの粉を詰め込んで電気窯で溶かして作るパート・ド・ヴェールという伝統的な技法を生かして、自分の表現の可能性に挑戦したいと考えた。

「パート・ド・ヴェールは、自分の表現したい色と形が正確に出ているかどうか一発勝負な世界です。手作業で石膏の型を作るから、ひとつの型はひとつしか作れないし、色も透明感のある淡い水色から深い青色など、色のグラデーションが異なってきます。何より、窯で焼いている間はその色と形が分からず、石膏を割ることではじめてガラスの形や色味を目にすることができるので、自分の出したい色が出ているかいつも緊張します」。

工程としてはまず、一週間かけて型作りを行う。次に、その型にガラスの粉を詰め込んで三日間かけて電気窯で焼く。最後に、一週間かけて加工を行うことで、ようやく自身の表現したい作品が出来上がるという。作品によっては器を4日から2周間ほど窯に入れていることもある。時間をかけてガラスをゆっくり冷ます必要があるため、時間調整ができる電気窯は彼女にとって大切な相棒である。

「窯から出す時が一番楽しいですね!自分のイメージしていた色と出会えると、とても嬉しいです。色ひとつとっても様々な種類があって、焼いた温度によって青色が深くなったり、赤色が消えたり、色の濃度が変わる様子がとても面白いです」。

作品づくりにおいて一番大切にしているのは、色のイメージ。透明なガラスと色のガラスを組み合わせることで、半透明な表情が生まれる。それぞれの割合によって、0.1グラムの違いで色の表情が変わってしまうほど繊細な作業は、まるで理科の実験をしているような感覚だという。自分の出したい色に近づけるために、昨年、ガラスの色のテストピースを300種類も作成したむっちゃん。一番良い組み合わせと、自分の記憶の中の色とを組み合わせながら、色の割合を考える時が作品づくりのポイントでもある。

作品づくりの過程を大切にしている彼女だが、ここまでの道のりは楽しいことばかりではなかった。

「なかなか思うような色が生まれなくて形にならなかったり、自身の制作に自信が持てなかったりしました。課題として作品を制作していく過程で、自分の表現したいテーマを探すことに難しさも感じていました。けれど、そこに向き合いながら作り続けていくことで、目にした風景の美しさをそのまま表現したい、という気持ちに沿うように作品が生まれていきました」。

最初にできた作品は〈地球影〉というぐい呑み。朝焼けと夕暮時に、太陽が出ている空とは反対側にある青いグラデーションのような空のことである。彼女が二子玉川の夕焼けに惹かれたことが、この作品を生み出した。

「地球影と名付けた人の心の美しさにも惹かれますよね。東京は建物が高くて多いから、広い空は見えづらくて。こうして作品にしてみんなに見てもらえたら、この空を思い出してもらえたり、日常のなかで意識してもらえたりするのかなと思いました」。

他にも花器やプレート、箸置きを手掛けており、コップは空、お皿は波をイメージしたものなど風景のテーマを分けている。器は、その内側に光が溜まっていく様子に安心感を覚えるという。2月の展示では、初めての色にも挑戦して新しく〈トワイライト〉という作品を手掛けた。青紫からオレンジ色に染まる夕暮れの空をイメージしたぐい呑シリーズである。モノとしての種類は多くはないが、どれも彼女の見たい景色が宿っている。

制作した作品は、作品展などを通してお客さんにも届く機会が増えた。使い手としての視点で作品を見てくれたり、自分では気づかなかった作品の良い部分を褒めてもらえたりすることがあるという。時間をかけてひとつひとつの作品を丁寧に見てくれるお客さんとの出会いも、彼女の喜びとなっている。

「アクセサリーなどは購入して次の展示でも身につけてきてもえるけど、器はその人の手に渡ったらその人の生活の中で使用されていきます。一度私のもとから旅立つとその作品と再会することは難しいです。だから、その後の器たちの物語もいつかお客さんから聞いてみたいです」。

萩原睦。とても柔らかくて、穏やかで、和やかな印象だが、芯があり、自身の表現を真っ直ぐ突き止めていく。淡い半透明なガラス作品の背景には、彼女の努力と研究の積み重ねがある。模索を繰り返しながらも妥協することのない懸命な姿勢からは、作品同様の美しさが感じられた。

今後は器以外にも、制作する形を増やしていきたいと考えているむっちゃん。プロダクトではなく、アートとして、自分が好きな風景をより納得できる形にしたいという。そこには、ひとつひとつの作品にまごころを込めて風景を宿そうとしている彼女の真摯な気持ちが感じられた。

むっちゃんは今でも、フィルムカメラで撮影した風景写真をもとにガラスの制作を行っている。

「フィルムカメラとガラスの制作はとても似ています。フィルムカメラは現像に時間がかかるし、ガラスも窯の中で焼く時間があります。だからこそ、現像から仕上がった時や、窯から出した時のドキドキ感が似ていて、自分の記憶にあったぼんやりしたものが蘇るような感覚になるのだと思います」。

きっと誰しもがその記憶に懐かしい夕焼け空や、忘れられない景色を抱いているのではないだろうか。むっちゃんの作品には、そんな記憶をふと呼び起こしてくれるような不思議な魔法があるように思う。それはこれからもきっと、誰かの記憶の景色に優しく寄り添っていくことだろう。

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Ayaka Onishi

大西文香 1994年兵庫県生まれ。写真家。



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