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森髙 まき moritaka maki

  • 2023.06.29

 

 

編集者として活動している同じ年齢の女の子がいるらしい。その言葉を聞いてから、彼女に会ってみたいと思った。それから一年以上が経ち、雪深い冬の季節に、ようやく彼女が暮らしている洞爺を訪れることができた。

北海道に行ったら洞爺には行くべきだよ。と、身の回りのアーティストや知人から伺っていたこともあり、洞爺への関心はとても高かった。洞爺湖の白鳥に会えるかもしれない。胸をドキドキさせながら洞爺に到着すると、暮れゆく中で、夕焼け色を水面に映した神秘的な洞爺湖が迎えてくれた。

「私の家からも洞爺湖が眺められるの。綺麗だよね」。

森髙まき(以降たまちゃんと呼びます)は、洞爺湖にある1万坪の土地の築100年の家で、パートナーと猫2匹と暮らしながら、編集者兼カメラマンとして活動している。

もともとファッションや音楽の雑誌を読むことが好きで、街の本屋に足を運んでは、一度に10冊近くの雑誌を購入していたというたまちゃん。当時から街の個人書店から感じるローカルな雰囲気が好きだったという。本に関する仕事を夢に抱いたのは中学2年生の時だった。

「学期末の試験勉強のために雑誌を読むことをやめていたんだけれど、ふと手にしてページをめくったら胸がドキドキして。その時に雑誌の仕事がしたいって思ったんだよね」。

メディアの勉強ができる学科へ進学したり、出版社のアルバイトで実務的な経験を積みながら過ごしたり。コツコツと努力を重ねた。その後、地元の長崎県を離れて、東京でインターンや就職活動をしながら生活をしていた。しかし、半年経って東京という場所が自分に馴染まないと感じたという。その時に思い出したのが北海道だった。

「学生時代からアルバイトや旅行で北海道へ訪れる度に、この土地の自然豊かな景観や、穏やかな時間に心を満たされるような気持ちになったんだ。だからこそ、好きな場所で、やりたい仕事ができたらいいなと思って」。

北海道の出版社〈northern style スロウ〉に入社して、帯広へと移住した。自分が良いと思ったことを能動的に取材できることが仕事の魅力だった。最初は取材と執筆だけだったが、その後、撮影も自分自身で行うようになり、編集の仕事を通して様々な経験を得ることに。北海道で農業をしている人、お店を営んでいる人、モノをつくっている人。取材を行う度に様々な人と出会えることが喜びだった。そして、同じように北海道の自然にも惹かれていた。

「北海道は広大な土地だから、一箇所の取材先に行くにも片道4時間くらいかかったりするの。でも、自分と景色だけの世界がその行き道に成り立っていて、だからこそ、私は取材に行くまでの時間も好きだったな。まるで北海道の自然に試されているような、拒まれているような感覚があって、そこに美しさを感じていたよ」。

取材からの帰り道にも、自分のなかで取材の内容を咀嚼するための大切な役割があるという。自然が豊かな北海道ならではの時間軸が生み出しているものなのだと彼女は感じていた。

 

 

「ある時、仕事で洞爺に来て、そこで取材した人たちがとても優しくて、あたたかくて、みなさん自分自身を生きていると感じたんだ。凪いでいる洞爺湖の様子も美しくて、自分の忙しない日常に穏やかな時間を与えてもらったような気がしたんだよね。私もこの人たちのように日々を丁寧に生きてみたいって思ったよ」。

毎日を大切に暮らしていくなら洞爺が良い。その想いを形にするべく、職場を辞めて〈たまたま舎〉として独立。洞爺のアパートを借りて帯広との2拠点生活を送りながら、パートナーと暮らせる家を探し始めた。自分のペースで自分らしく編集をしていくための最初の一歩だった。

「〈たまたま舎〉のコンセプトは、たまたまのご縁を繋げるというものなんだ。私自身が、これまで出会った人や本などのたまたまの縁が自分をここまで連れてきてくれたと実感していて。これからもそのような縁の繋がりから芽生えるものが楽しみだし、自分もそのようなたまたまを作れる人になれたらなと思っているよ」。

〈たまたま舎〉では取材、撮影、編集をすべて一人で行う。2022年には、美術家の奈良美智さんの洞爺での滞在制作やその背景を一冊にまとめた〈Summer Records –奈良さんが洞爺で過ごした夏の記憶-〉を発行した。取材中は、制作に真剣な奈良さんが纏う緊張感を感じながらも、自分の気配を消して撮影などができたことが良かったという。洞爺の人たちと協力しながら1ページ1ページを作り上げた時間も、楽しい思い出と豊かな経験につながった。

他にもお店のパンフレットを制作したり、企業の映像を撮影して編集したり、〈たまたま舎〉での活動は多岐にわたる。そして、その活動は編集だけにとどまらず、2023年5月には、洞爺に新しく〈たまたま書店〉をオープンさせた。

 

「子供の頃に感じた街の本屋にある懐かしい安心感を、この場所でも実現できたらいいなと思って。そしたら赤い屋根の古い建物に出会って、そこから始まったんだ。〈ラムヤート〉の満寿喜さんが手を貸してくださって、パートナーのもりちゃんと一緒に、内装や棚、カウンターなどを自らの手で形にしていったよ」。

お店のイメージが形になったのは信頼できる満寿喜さんのお陰だという。冬の雪深い日も共に工事をしてくれたり、様子を見守ってくれたり、その支えがあってこそ春に完成を迎えることができた。

開店した〈たまたま書店〉には土地の人だけではなく、観光客も足を運び、賑やかな空間になった。たまちゃんにとって、本や洞爺についてお客さんと話せる時間が嬉しいという。

〈たまたま書店〉を通して届けたいのは本という物質だけではない。

「本当は北海道の歴史や開拓史について伝えていきたいんだよね。北海道で取材をするようになってから、自分は北海道の土地について何も知らなかったと気づいて。今は畑の景色がとても綺麗に広がっているけれど、それも昔の人が苦労して開いた場所だと考えると、その人の生き様や背景を学んで伝えていく必要性があると思うんだ」。

 

北海道や洞爺という場所を想っているからこそ、その土地のために何かをしたいと考えていて、気づけば仕事一筋になっているたまちゃん。しかし、洞爺で暮らすことで、良い意味で頑張らないことの大切さにも気づいたという。

「私の好きなチャールズ・ダーウィンの進化論では、地球上に生存する生物の多くが、環境に適応して進化してきたのではなく、たまたま淘汰されたり、生き残ったりして、偶然の結果として生存しているということが示されているんだ。肩の力を抜いて自然体で生きることができるから、大切にしたい考え方だな。同じように、一緒に暮らしているパートナーのもりちゃんや、この街で暮らしている人たちを見ていると、地位や名誉のために一生懸命になることが全てじゃないんだなと思ったよ。楽しみながらものづくりをしたり、わくわくしながら生きたり、そういうことを目標にするのも素敵だなって」。

植物も動物も眠っているように静かな北海道の冬。そんな時間にも、自然の豊かさは溢れている。

「トドマツを手で揉むと良い香りがして、まるで天然のリラックスアロマみたいなんだよね。雪解けの水の流れる音が心地よかったり、枯れたツルアジサイが落ちている様子に癒やされたり。冬の季節はとても厳しいけれど、それ以上に自分の心が自然の美しさで満たされる気がするよ」。

 

 

森髙まき。彼女に抱いた柔らかい第一印象は、もしかしたら、洞爺という土地が育んだものなのかもしれない。そして、柔らかいけれど、とても逞しくて根性がある。冬の洞爺で自宅やお店を作り、編集の仕事も成し遂げる彼女はとてもかっこいい。

彼女の自宅に泊めてもらった翌朝、かすかな朝の光の中で、木々に積もっていた雪が細かく静かに舞っていた。雪を眺めるために作られた雪見障子というものが彼女の家には残っていて、彼女はそこから朝の光景をとても愛おしそうに眺めていた。洞爺湖や家の周りを散歩したり、一緒に温泉に入って雪を眺めたり。たまちゃんと一緒に過ごす時間から、彼女の洞爺への愛情が感じられた。

これからも洞爺という場所が、彼女にとって活力と癒しの源となるのだろう。

「洞爺のおじいちゃんやおばあちゃんたちの話や、開拓史のことを本にしたいな。そうすれば、昔の出来事や知恵が、時代を超えてもこの土地で生き続けることになるから」。

彼女にとって編集とは、自分の目を通すことだという。〈誰もが自分にしか見えていない景色を瞳に映しながら生きている。それは決して誰とも比べることはできない〉と彼女は言った。たまちゃんにしか綴れない1ページ1ページがあり、たまちゃんだからこそ伝えられるものがある。もしかしたら、彼女の唯一無二の想いを一番喜んで受け取っているのは、彼女が暮らしている土地なのかもしれない。

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Ayaka Onishi

大西文香 1994年兵庫県生まれ。写真家。



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