高橋 成樹 takahashi naruki
春分の日。和歌山から早朝のフェリーに乗って徳島へ。そこから電車に揺られること4時間。片道6時間かけて高知の街へとやって来た。春の訪れも近かったが、その日は冬が戻ってきたような寒さで雪や雨もちらついていた。
けれど、高橋成樹くんとの時間からは、寒さをかき消すほどの情熱的な生き方やものづくりの背景を伺うことができた。
地元の高知県香南市でフリーランスの山師兼ウッドアーティストとして活動している成樹くん。凛々しい存在感を放っている彼は、まるで正々堂々と生きている木のようだった。
「祖父が製材屋で父親が大工という家庭環境で育ちました。だから、幼い頃から木が身近にある生活を送っていて、山に入ることが日常そのものでした」。
木に登ったり、川で遊んだり。時には祖父に教わり樹木の枝を幹から切り落とす枝打ちを行うなど、木との触れ合い方も自然と身についていた。街で友人と遊んだり、家族で出かけたりすることよりも、山で過ごす時間が何よりも好きだった。
だから、好きなことが仕事としてできるとは夢にも思わなかったという。
「もともとは海上保安官か調理師の仕事に就こうかと考えていました。けれど、山師という職業に出会ったことで、木に触れることができる喜びを仕事にしたいと思い、山師を目指すようになりました」。
自然の生態系や街の暮らしを守るために、山の木々を管理することが山師の主な仕事だ。若い木々の成長を促して酸素の排出量を増やすために、植林や枝打ち、間伐などを行ったり、枯枝や落ち葉が微生物や昆虫にとって適切な環境になるように、針葉樹と広葉樹のバランスを整えたりする。人が自然と共に生きていく上で欠かせない職業である。
対して、急斜面での作業であることやチェーンソーなどの刃物を使用することからも危険が多く、日本では死亡率の高い仕事ともされている。
それでも高校を卒業した成樹くんは1年間林業大学校に通い、3年間地元の林業の会社に勤めた。木を植えることも間伐することも、仕事としてやりがいを感じる日々だった。
同時に、周囲の人には林業や山師という仕事があまり知られていないという現実を課題として捉えていた。
「木を切るということだけで森林破壊や環境破壊のイメージを持たれてしまうことが多かったです。けれど、日本では戦後に植林された木々が成長しきっている現状で、切ってあげないと自然や自分たちの暮らしに影響を及ぼすおそれがあります。次の世代に健康的な木を残すために植林することも山師としての大切な役割です。けれど、多くの人には林業の必要性や魅力などが伝わっていないのだと気づきました」。
どうしたら山や木に関心を持ってもらえるのか。モノとして形にしてみたら興味を抱いてくれるかもしれないと間伐材でコップやお皿を作ってみることにした。完成したものはまるで木が山で育っている様子をそのまま写したかのように生き生きとしていた。制作したコップやお皿は自身が高校生の頃から通っているお店〈DEN〉で使用してもらえることになり、少しずつ人々に触れてもらえるように。店主である田内福美さんの提案により、2020年には〈DEN〉で初めて自身の個展も開催した。
「ケーキスタンドやスツールなどを作品として展示しました。近所の人たちや遠方の方々が足を運んでくれて、木のエピソードについて耳を傾けてくださり、作品を通して山や木に興味を持ってくれるような達成感がありました」。
ケーキスタンドはもともと作品としてではなく知人から依頼を受けて制作したのがはじまりだった。SNSでの投稿がきっかけでより多くの人に周知してもらえることになり、作品として手掛けるようになったという。その後は東京でも個展を開催。ほとんど県外にも出たことはなかったが、東京や大阪などの展示を通して、自身の活動やメッセージを表現できるようになった。2020年から作品づくりをはじめて年に5、6回ほど展示を開催しており、気づけば作家としての道も歩んでいた。
スツールやオブジェのような大きな作品を手掛けるために旋盤などの道具も一から揃え、独学で使い方を覚えていった。作品で使用する素材は自分自身で切った間伐材や譲ってもらった木が中心だ。中には割れていたり、腐っていたりすることもあるが、敢えて悪い部分も作品に取り入れている。
「駄目な部分があっても捨てられる理由にはならないと思っています。そこも含めて木が持っている本来の姿だから」。
ひとつのスツールを形作るのにかかる時間はおよそ30分。そこから乾燥させて完成へと仕上げていく。
木を仕入れるのではなく、その時々で出会った木で制作するため、ひとつとして同じ作品はできない。木の年輪や色合いなど、その木が持つ特徴を拾い上げて作品のイメージへと繋げていく。
「実際に機械を回して木を削っていくことで木の模様が見えたり、穴が空いていたり、そういう姿に出会えることで作品へのイメージが浮かびます。作っていると、『この箇所に刃を入れて』っていう木のラインが見えるんです。他にも、杉の模様が好きで木を焼くことでその模様を強調させたオブジェを作ったりしています」。
制作で心がけているのは、〈作品〉として完璧な形を求めないこと。中でも、制作の仕上げとなる磨きの工程は、木が持っている本来の性質を壊してしまう感覚があると考え敢えて行っていない。自身が心惹かれている木の姿を味わってもらうことを優先している。
自分なりに木の魅力を伝えたいという想いから、誰かに師事をすることはなく、アイデアも制作も自分自身の力で取り組んでいる。
「誰かから学ぶことも方法のひとつとしては大切かもしれないけれど、僕には僕の木の伝え方があります。それを追求することこそが、木に対する理解を深めやすくしたり、暮らしに木があることのかっこよさを伝えたりすることに繋がるのではと思っています」。
木について格別詳しいわけではない。ものづくりの知識や技術が豊富なわけでも、アートや芸術に熱烈に関心があるわけでもない。時折、展示前の制作ではプレッシャーを感じることもある。しかし、仕事も休日も関係なく山に行くことが生きがいだからこそ、自身の木に対する気持ちや感覚を一番に信頼している。
初めてチェーンソーで木を切ったのは高校生の時。祖父の背中を見ながらチェーンソーの使い方を学んだことや木を切った感動はずっと心に残っている。
休日は祖父と共に山で過ごし、小屋で一夜を明かすことも。鳥の音や川の流れる音、動物の鳴き声など、季節を繰り返す山の変化やそこで出会う景色にはいつも美しさがある。
「人の視線が気になる性格なので外出する時もあれこれ身なりを気にしてしまって。でも、山にいる時は誰も見ていないからありのままの自分でいられるんです。だからずっと山で過ごせたらきっと幸せだろうなと思っています」。
人よりも木との関係性を築くことに心地よさを感じていることから、幼い頃から変わり者として見られてきた。けれど、周囲には工房で手伝ってくれる友人や、応援してくれる地域の人たちなどあたたかい繋がりで溢れている。支えてくれる人たちのお陰で日々制作に没頭できている。
時々、工房には展示で出会ったお客さんが遠方から訪ねてくれることもある。制作風景を目にしてもらったり実際に山を案内したりして、木の魅力を肌で感じてもらえることも喜びのひとつだ。
高橋成樹。名前に「樹」という漢字が入っていることから木との絆が強いように感じる。直感で生きていて、好きなことに夢中になっている姿からは眩しい印象を受けた。気取らないけどかっこよく、竹を割ったようなシンプルさだけど太い芯がある。
制作において成樹くんは軍手や防具をしない。彼が言うには、木を削る感覚が鈍るからだとか。取材中、彼はひとつの作品を目の前で作ってくれた。力強く道具を握り、体重をかけながら黙々と木を削る迷いのない背中。木のラインを真っ直ぐ見定める真剣な眼差し。生身ひとつで木に向き合う逞しい姿。
形が仕上がる頃、工房の床には削られて細かくなった木の破片が散らばっていた。スツールとしての命を宿した作品に触れながら「虫食いの後の黒い線がとてもかっこいい」と笑う成樹くん。〈作品〉としてではなく〈木〉として可愛がっているように感じられた。
その後、彼のお気に入りの〈DEN〉で時間を過ごした。嬉しそうに店主の福美さんと言葉を交わしている成樹くんは、制作している時とは違った楽しさに満ちている表情をしていた。きっと地元である高知での暮らしは彼の制作には欠かせないものなのだろう。何よりもこの土地で木を切っている時が一番好きな時間だという。
「何十トンの木が倒れる時の音や振動は、木という生命の大きさを全身で受け取っているような感覚になります。木は人間よりも長く生きていて、植えてから何十年、何百年と時を重ねて成長していきます。自分がこの世にいなくなっても、次の世代の人に繋がっていくものです。その長い巡りの中で生きている木を切らせてもらえることはとてもありがたいことです」。
成樹くんにとって木は家族のような存在。彼の木に対する一途な想いは作品や展示、そして彼自身の生き方によってこれからも多くの人たちに届いていくことだろう。
Ayaka Onishi
大西文香 1994年兵庫県生まれ。写真家。
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