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聿文 yuwen

  • 2024.07.09

3月下旬、一年越しに訪れた台北の街は鮮やかな青空に包まれて、街角や道端には強い日差しによる木漏れ日が降り注いでいた。

東門駅改札を出ると、永康街はマンゴーかき氷や台湾の化粧品、台湾茶などのお店が並び、どこも観光客で賑わっている。地図を見なくても歩いているだけで楽しくなるようなエリアだ。

約束の場所である茶藝館〈小慢 Tea Experience〉に辿り着く。〈小慢〉は賑やかなエリアを少し離れた静かな路地裏に位置しており、店内では工芸品の魅力に触れながら中国茶や台湾茶を味わうことができる。扉を開けると余白を感じるような静かな風がふわりと肌を撫でた。

「台湾へようこそ!まずは昼食でも一緒に食べましょう」。

そう言って出迎えてくれたのは店主の息子である聿文(ユーウェン)。今回、彼の話を聞きたくて台湾までやって来たのだ。料理が好きだというユーウェンの手作りパスタを皆で食べながら昼のひとときを過ごす。彼は流暢な日本語を使いながらこれまでの自身の物語を聞かせてくれた。

〈小慢〉を営む母親と建築業に携わる父親の間で育った。幼い頃より、父親が手掛ける建築物に興味を抱き、将来はインテリアデザインを学ぶため日本への進学を考えていた。また、〈小慢〉の展示や手伝いを通して茶器や器など、作家の作品に触れながら日々を過ごしていたことで、モノが暮らしにあることや、暮らしの中でモノの美が育まれていくことが日常そのものの光景だったという。いつしか、自ずとものづくりの世界にも好奇心が芽生えていた。

「進学直前の18歳の時、〈小慢〉でお茶会が開催されました。陶芸家であり〈ギャルリ百草〉主宰である安藤雅信さんの器が使用されており、僕は通訳者としてお手伝いをしました。安藤さんの作品から伝わる洗練された空気感や、作品づくりの背景にあるストーリー、安藤さんと言葉を交わすことで出会えた感動。それらを肌で直接感じられたことは、自分にとって作家や作品について深く学びたいと思うきっかけになりました」。

日本への進学後、日々の勉学の傍らで日本各地の作家を訪ねた。同じ器を作る作家でも、それぞれの特徴や表現したい世界があること、その背景にある思想や生き方に関心を抱いては深掘りせずにはいられなかった。また、台湾とは異なる日本の陰翳礼讃や侘び寂びの文化、風土が生み出す暮らし方こそが、日本での作品作りに影響しているのだとも感じた。

印象的だった出会いのひとつに、金森正起さんの金属作品がある。道具を使って細かく金属を叩いたり、無作為に素材を錆びさせてから制作したりしている。その背景には、金属の冷たさではなく柔らかさを、脆さだけではく力強さを表現したいという素材への繊細な想いがあった。工房へ直接伺って目にした制作風景があるからこそ、より作品と深い絆を交わすことができるように感じた。

人の手から生まれるモノの魅力。それは作品やオブジェだけではなく料理にも感じていた。

「母の友人でもある日本の料理研究家、細川亜衣さんと出会うことで料理をする楽しみにも出会いました。亜衣さんの料理は食材への愛情や場作りへの豊かな感性に溢れ、贈り物のような時間をいつも与えてくれました」。

食材からひとつの料理に仕上がるまでの魔法のような楽しさ。料理を囲む時間から生まれる食卓での喜び。亜衣さんのもとを訪れては時間が経つことも忘れて様々な料理に挑戦した。日本では自家製豆花を作ってポップアップとして出店したことも。レストランでアルバイトをしながら料理の腕を磨き、休日は展覧会や作家に出会う旅に出かける。日本での充実した日々の中で、学びを通して日本の作品の魅力を台湾の人々にも伝えたいと思うようになった。

「例えば、料理にはそれを盛り付けるための器の存在が欠かせません。自分が日本で学んできた料理を作家の器と組み合わせることで、器の魅力を第三者に伝えることができるのでは、と考えました」。

2020年、台湾に帰国後、〈小慢〉の一部屋を借りて、器のための料理会やお茶会などを始めることに。その場を〈WAN〉と名付けた。街の中でも心を鎮めることができること、台湾において日本らしさを楽しんでもらえること、器の細かい表現までじっくり見てくれること、デザートも器も共に味わってもらえることなど、台湾のお客さんからは嬉しい感想を寄せてもらえたという。

 

もっと多くの人たちに作家の魅力を伝えたい。その想いを募らせていた時、〈小慢〉の近辺にある3階建ての建物と出会った。〈WAN〉とは異なった雰囲気を持ち、永康街での文化や時間を引き継ぐような気配があった。ここでなら日常を基準とした視点で作品の質感や世界観を表現することができるかもしれないと、2021年に〈san galerie〉としてオープンした。

「パートナーであるアニーさんと、友人でもあり〈WASHIDA PARK〉のオーナーでもあるワラスさんと共同で始めました。三人でやるからこそ自分だけの世界観に染まらず、様々な要素が絡み合って新しいものが生まれると考え、店名もそこに由来しています。二人は初期から現在まで関わってくれている大切なメンバーです」。

ギャラリーとしての経験はなかったが、モノを伝えたいという想いのもと、メンバーと試行錯誤しながら場所づくりを始めた。内装は壁一面を白色で統一。当時のドアをそのまま残すなど、真新しい空間にするのではなく建物のこれまでの歩みも取り入れている。2階はすりガラスの窓を取り入れて柔らかい光が空間を満たすように作られているため、同じ白い空間でも階によって作品の見え方が異なる。作品のイメージや展示内容によっても毎回違った表情が生まれていく。展示に合わせたライブパフォーマンスを行うなど、作品も人も空間も含めたすべてが一期一会のような時間だという。

「展示の準備では、可能な限り作家に直接会いに行くようにしています。作家が持つ経歴や体験、思考などの引き出しは、制作現場や作家本人の人柄からしか味わえません。また、そこに出会うことは自分にとっての喜びでもあります」。

作家を知ることで、作品には個性があり、生き方にも多様性があることを知った。世間的な技術や名声にこだわることなく、自身の五感で出会ったものに可能性を見出していく。良質なものは時には安価ではないが、生活の中で使用されてこそ値段以上の価値と時間が生まれることを知っていた。

作品への愛情は〈san galerie〉での活動以外にも自身で描く絵に自ずと表現された。お気に入りの作品やものを対象に、墨一色で抽象的に描いているものが多い。〈WAN〉のロゴも自身で考えて描き、〈san galerie〉では杮落としとして自身の絵の展示を催すなど、絵に対しても美学を追い求めている・

「学生の頃に木工デザイナーの三谷龍二さんが描かれた絵に出会いました。自分らしい絵を描くには何が必要なのか。そのようなお話を三谷さんとさせていただいた時に、様々なモノを見て経験を深めるといいよとアドバイスをいただきました。その後、版画や書道にも触れることで、筆で絵を描く自分らしいスタイルが出来上がりました」。

絵の他に、将来的には自然が広がる土地で陶芸に挑戦してみたいという。自身で制作した器と料理。それらが共にある風景を作っていくことも楽しみのひとつだ。

やりたいことに真っ直ぐ突き進んでいくが、これまでの経験で挫折がなかったわけではない。日本での在学中は言葉の壁に苦悩したり、レストランで叱責を受けたり、納得できるデザートが作れなかったりした。しかし、失敗を次に繋げていこうと前向きに努力することは諦めなかった。現在も当時の精神を忘れずに心身を尽くして励んでいる。

「自分が良いと思うものは周囲には届きにくかったりします。けれど、器や食は人々の生活には欠かせない存在だからこそ、作家さんの手掛ける作品やそれらが暮らしにある美しさをみんなに届けていきたいです。僕は自分で信じていることをやっていくだけです」。

ユーウェン。彼との初めての出会いは和歌山だった。作家の笑達さんと有紗さんの自宅で、棚に並ぶひとつひとつの器について「これはどなたが作られたものですか?」と質問を投げかけていた。瞳をキラキラと輝かせながら作品を手にする様子からは、作品への好奇心や愛情が真っ直ぐ伝わってきた。初めて出会う器に対して心を開いて自ら理解していこうとする姿勢。それは作品だけではなく人に対しても同じであった。肩書きを超えて、国籍を超えて、人に対して爽やかに向き合う。台湾では〈san galerie〉以外でも近辺でお店を営む友人たちと協力してイベントに取り組むこともある。まるで作品や友人たちと共に冒険を楽しんでいるかのよう。

お気に入りのモノは何ですか、と彼に聞いてみた。即答できない質問だと分かってはいたが、やはりひとつには絞れなかったようでいくつか厳選してくれたものを見せてくれた。日本を旅して出会ったモノの中には器だけではなく、手漉き和紙で作られた書物なども含まれていた。国や文化が違っても、ひとつひとつの作品が生活にある豊かさや喜びは彼にとって確かなもの。

ユーウェンはお手製のケーキと共に、安藤雅信さんの磁器のデミタスカップを使って珈琲を淹れてくれた。どうすれば安藤さんのカップがより生き生きとするような珈琲を淹れることができるのか、それに合うデザートは何なのか、試行錯誤を重ねて向き合い続けていくことはどこまでも面白みに溢れている。

「使用することで育てていくような器との時間が好きです。料理に限らずお茶の時間に使用したり、飾り物として空間に置いたり、用途を決めつけてしまうことよりも曖昧さを楽しみながら、自分と作品だけの絆を築いていく喜びをみんなにも知ってもらえたら嬉しいです」。

安藤さんのデミタスカップの持ち手には、割れてしまった箇所を金継ぎで修復した跡があった。そこには、幼い頃に母親の大切な急須を割ってしまった過去があるからなのかもしれない。モノを大切に扱う彼なりの精神がいつまでもモノの魅力を輝かせている。磁器の白さには新品の白さとは異なる滑らかな艶があり、深い珈琲の色と共に心からほっと一息つける小さな世界を作り上げているようだった。

ユーウェンのものづくりを巡る旅は、これからも国や人、モノを繋げていく架け橋となっていくだろう。

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Ayaka Onishi

大西文香 1994年兵庫県生まれ。写真家。



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